欲しいものは造幣局

ずっと寂しかったんだ

あなたをたゆたうCinema: CIX - Cinema の話

四季を何周と経験すると、「私が好きなのは季節の"概念"だったんだな」ということに気が付く。

 

春になって景色の色味が柔らかくなっていったり、残暑に辟易しながらアイスを食べたり、最良の時期を逃すまいと慌てて秋服を着たり、白っぽい冬の街並みの中友人だけくっきりと映って好きだなあと思ったり、そういう思い出しては愛せるような季節の概念が好きなのだ。

 

 

2020年。概念が消えた途端、季節は季節の姿を保てなくなった。ただ惰性で気温がうにょうにょと推移しているだけの毎日になっていった。

 

そしてライブも無くなった。2020年2月にはファンミーティングを観に韓国に行く予定だったのだが、それが中止になってから現在に至るまでライブに行く機会はない。音楽を直で浴びることは、私の生活を正してくれていたことをこの2年で実感している。

 

おかげであの1年の記憶がほとんどない。まあまあな人生節目の年だったような気がするが、気絶していたのか疑うほど記憶がない。いっそ気絶しておけば良かったのかもしれない。

 

以前オードリー若林さんがおっしゃっていた『記憶は道に乗り移っている』という言葉が好きで折に思い出すのだが、私の記憶が乗り移っていたのは季節で、音楽で、ライブだったのだとこの2年で実感した。記憶が蒸発していくのも無理はない。

 

ただ、今年は少し違う。

ライブには相変わらず行けていないし、満足に外出できたわけでもない。それでも、2021年の記憶は手放さずに済んでいる。

 

 

それは紛れもなく、季節が音となって届けられたからである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

話が長くなりました。早速件の曲について話をしたいと思いますが、その前にグループの紹介だけさせてください。CIXというグループです。

 

CIX

f:id:amefuriskipsan:20211221214601j:image
・2019年7月23日デビュー

・5人グループ

・8月17日に初のフルアルバムをリリース

 

メンバー個人について、チームについて、そして上に書いた8月リリースのフルアルバムの話もしたいところなのですが、今回は2月にリリースされた「Cinema」という曲についてお話ししたいと思います。

 

 

まずMVから。

日本語字幕もあるので、ぜひそちらもご覧ください。また、せっかくなので以降もここに記載された歌詞を基に話を進めたいと思います。

 

Cinema

Cinema

 

リリースからもうすぐ11ヶ月経とうとしていますが、初めて聴いた時から全く色褪せることがありません。

春夏秋冬どれにも等しく寄り添うこの曲が、2021年の私の季節を作ってくれました。

 

ここから曲(主に歌詞)の話をチャプターで分けたいのですが、うまくリンクが飛ばず....でき次第追加したいと思います。

 

 

"映画"へのアプローチ

映画そのものをテーマに曲を作っていくにあたって、歌詞では2種類のアプローチがなされています。

 

①映画にまつわるワードが入った歌詞

映画を撮る時、観る時に使われるワードが組み込まれることで、毎日の連なりが映画のように感じられます。

 

나의 credit 속에 (내 credit 속에)

僕のcreditの中に(僕のcreditの中に)

 

나란히 새긴 name (our name)

書き並べたname (our name)

 

아마 괜찮은 도입부가 될 것 같은데

多分、いいオープニングになりそう

 

청춘영화 그 안에 (그 안에)

青春映画 その中に (その中に)

 

다 기록될 chapter

全て記録される chapter

 

어설픈데도

まだ未熟だけど

 

늘 반짝여 (반짝여)

いつも煌めく(煌めく)

 

때론 서툴러서 더 늘어난 take

時には不器用でもっと増えた take

 

난 그래도 믿어, 우리라는 frame

それでも僕は信じてる、僕たちというframe

 

오래 잊지 못할 찰나 (잊지 못할 찰나)

ずっと忘れられない刹那 (忘れられない刹那)

 

내일이라는 screen 위에

明日というscreenの上に

(you and me yeah)

 

후회는 남기지 말자

悔いは残さないようにしよう

 

찾아가길, 우리 dreams

探していく、僕たちのdreams

 

没入する時もあれば、俯瞰で見ることもある。自分が自分であるという逃れられない縛りの中で、自分というフレームを信じる。私たちは日常を構成するスタッフであり、出演者であり、観客でもあると言えるでしょう。

f:id:amefuriskipsan:20211230231222p:image

 

 

②映画のワンシーンのような歌詞

忘れられない、忘れたくないような出来事に出会った瞬間、五感はモードを切り替えたかのように鋭くなります。今見たもの感じたものを、何かに焼き付けるような感覚です。

"Cinema"にも、目に映る景色が「場面」になる瞬間がいくつも登場します。

 

두 손을 뻗으면 닿을 것 같은 해

両手を伸ばせば触れそうな太陽

 

그 아래의 네 모습 찬란한 days eh eh

その下の君の姿 煌びやかなdays eh eh

 

저 끝없이 펼쳐진 view
果てしなく広がるview

 

파노라마 같은 지금

パノラマのような今

 

청량한 하늘과 바람과 너와 나 eh eh

爽やかな空と風と君と僕 eh eh

 

Oh 하루 끝에 마주친 view

Oh 一日の終わりに目にした view

 

(하루 끝에 마주쳐)

(一日の終わりに出会う)

 

색이 섞인 저녁 하늘 (저녁 하늘)

色の混ざりあう夕方の空 (夕方の空)

 

가만히 두 눈을 맞추는 너와 나 eh eh

静かに目を合わせる君と僕 eh eh

 

Ooh Cinema Cinema Cinema

 

설레여 벅차고 눈부셔 여기 너와 나

ときめく、胸がいっぱい、まぶしい ここにいる君と僕

 

瞬間が場面として記憶される時に原動力となるのは、「忘れられない」という不可抗力なものではなく「忘れたくないから忘れないでいよう」という無意識の決意なのではないでしょうか。

f:id:amefuriskipsan:20211230231242p:image

 

 

 

永遠に限りなく近づく瞬間

Ooh Cinema Cinema Cinema

 

우리의 순간은 아마 영원이 될 거야

僕らの瞬間は多分永遠になるだろう

 

永遠というものは存在せずとも、限りなく永遠に近いものは存在すると私は思っています。

瞬間を限りなく永遠に近づけることができるものこそ感情であり、記憶です。

 

私たちの命が有限である限り、永遠を見届けること自体不可能です。しかし、有限の間にずっと残り続けたものは、「私にとっては」永遠になります。

忘れない限り、瞬間をいつでも記憶の引き出しから取り出すことができる。それは瞬間が私たちのそばに「ずっと居る」ということになります。

 

きっとずっとこの事を覚えているんだろうなという美しい予感が、瞬間を永遠に輝かせるのだと思います。

f:id:amefuriskipsan:20211230231300p:image

 

 

"like a cinema"に内包される、期待と諦観

この曲は、"like a cinema"="映画のように"というワードで幕を閉じます。

起承転結という言葉もある通り、フィクションには起と転が2時間前後に収まるタイミングで訪れてくれます。そしてどういった形であれエンディングに向けて着地します。

ですが人生はどうでしょうか。能動的に動いたとしても起はなかなか訪れないし、転は望まぬところで姿を現したりします。現実ではそれぞれが人生の主人公であるため、筋書きがぶつかったり外れたりすることは当然起こります。

だからこそ私たちは、何かが始まる予感に期待を膨らませるのでしょう。

 

시작되는 계절

始まる季節

 

기다림의 끝에

待ち続けた先に

 

내게 결정적 순간인 네가 다가와

僕にとって決定的な瞬間の君が近づく

 

〈決定的な瞬間〉という歌詞のように、稀に私たちの人生にも起が舞い込んできます。

後から思い返して「今思えばあの時から始まっていたのだ」と気付くことはままありますが(その気付きも美しいことは前提として)、「"今この瞬間" 確実に起の最中にいる 」という落ち着かない自覚にはとても人間味があり、映画的であるといえます。

 

f:id:amefuriskipsan:20211230231335p:image

 

かと言って、"Cinema"が100%明るさでできているかというと、そうではありません。

 

Oh 가끔은 불안하고

Oh 時には不安で

 

또 때로는 흔들려도

時には揺らいでも

 

그조차 한편의 영화가 될 거야

それさえも一編の映画になるよ

 

1日中頭がいっぱいになるような苦しいことも、体が引き裂かれそうなほど辛いことも、最終的には人生という一編の映画に集約される。

この一節へと辿り着く過程には、ある種の諦めが存在するのではないでしょうか。

 

今自分が振り回されて死にたいほど苦しんでいたとしても、それすら未来の自分には取るに足らないことかもしれない。人生のちょっとしたアクセントになるのかもしれない。

それは未来の自分にとっては喜ばしいことですが、今の私の感情はどこへ行ってしまうのでしょうか。映画のワンシーンになってしまうことは、少し怖くもあります。

 

 

しかし、この苦しい記憶が薄れたり美化されたりしてエピソードとなることで、私たちはどうにか人生を続けられる。どうせエンターテイメントになるのだろうという諦観が、希望になりうることを"Cinema"は歌ってくれます。

f:id:amefuriskipsan:20211230231407p:image

 

ただ、過去にできたからといって自分が辛かった気持ちを軽んじたり、なかったことにする必要はないと私は思います。自分の感情を安く見積る必要などないので

 

 

"Cinema"はいつでもあなたのそばに

 

2月に"Cinema"がリリースされた2ヶ月後、"Cinema"日本語版がリリースされました。(日本語版も本当に良かったです)

この時"Cinema"のインスト(歌無し)バージョンが収録されたのですが、何度聴いてもその音の少なさに驚かされます。音そのものはとても美しいのですが、初めからしっかり聴いていないとどこがサビ部分なのか見失うほどです。

インストには主旋律を辿ってくれる音はないので、CIXの5人はメロディを自分のものにして歌う必要があります。

「自分たちが発した歌声によってCinemaが完成する」という5人が担う事実が、"Cinema"に溶け込むテーマを体現しているのではないでしょうか。

 

CIXの5人が今"Cinema"という曲に出会い、歌い、私たちに届けてくれたことは、私の人生に季節をもたらしてくれました。

ある人にとっては太陽、ある人にとっては風になって、聴く人それぞれの持つシネマに彩りを与えることでしょう。

 

永遠に限りなく近い3分12秒は、いつでも私のそばでたゆたい、鳴ってくれる。それさえあれば、私はきっと大丈夫。

 

f:id:amefuriskipsan:20211230203029p:image